東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7217号 判決 1988年3月18日
原告
柳沼正
被告
渡辺快史
ほか一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは各自、原告に対し九八一万七七〇五円及び内八八一万七七〇五円に対する昭和六〇年二月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告ら
主文と同旨
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 事故の発生
昭和六〇年二月一六日午後一〇時一五分ころ東京都江戸川区本一色町六〇七番地交差点(以下「本件交差点」という)において、通称小松通り(以下「小松通り」という)を新小岩方面から千葉街道方面に向けて走行中の原告運転の自動二輪車(一足立さ二六、以下「原告車」という)が、同車の進行方向に向かつて左側の交差道路(以下「本件交差道路」という)から右折のため小松通りに進入してきた被告渡辺快史(以下「被告快史」という)運転の普通乗用自動車(足立五八て二七六六、以下「被告車」という)を回避しようとして転倒し、投げ出された原告が受傷した(以下「本件事故」という)。
2 責任原因
(一) 被告快史は被告車を自己のため運行の用に供していた者(以下「運行供用者」という)であるとともに、前記右折進入に際し小松通りを進行してくる右方からの車両に対する安全確認を怠つたばかりか、進入後右方からの車両の進路を直角に塞ぐように停止したため、原告をして被告車を発見して急制動措置を採るも間に合わず被告車に衝突させるに至つたというものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条及び民法七〇九条に基づき、
(二) 被告渡辺誠一は被告車を所有し自己のために運行の用に供していた者であるから、
連帯して原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある
3 損害
(一) 原告は本件事故により顔面から頭部にかけて四三針も縫う傷害を負つたほか前歯三本を折るなどし、事故の日から一八日間入院した後なお約三か月間通院して治療を受けたが、顔面の著しい醜状痕のほか頭部神経等の損傷のため現在に至るも激しい頭痛に苦しむ等の後遺障害がある。
(二) 原告の本訴請求に係る損害総額は九八一万七七〇五円であり、その内訳は以下のとおりである。
(1) 治療費・検査費 三万四九九〇円
(2) 診断書代 六〇三〇円
(3) 原告車弁償代 四一万二六〇〇円
原告車は訴外半田雅彦の所有にかかるものであるところ、本件事故により同車が大破したため、原告は新車を購入して弁償することを余儀なくされ、その費用として四一万二六〇〇円を支出し、右相当の損害を被つた。
(4) 休業損害 三五五万円
原告は本件事故当時訴外藤本工務店で軽量鉄骨の組立業に従事し、一日当たり一万円の収入を得ていた。稼働日数は一か月当たり二五日であつた。しかるに、本件事故のため昭和六〇年二月一七日(本件事故の翌日)から昭和六一年三月中旬ころまで就労が不可能となり、その後も就労を再開したものの前記後遺障害のため欠勤を余儀なくされる状態が続いている。このため、原告は少なくとも昭和六一年五月二七日までの時点で合計三五五万円(昭和六一年三月中旬までの分として三二五万円、その後の分として三〇万円)の収入を得ることができず、右相当の損害を被つた。
(5) 逸失利益 一四一二万〇二二〇円
原告は前記後遺障害のため二〇パーセントの労働能力喪失を被つたというべきところ、本件事故当時満二一歳で残余稼働可能年数は四六年であるから、基礎年収を三〇〇万円(「損害賠償額算定基準・昭和六〇年版」(東京三弁護士会交通事故処理委員会編)による)とし、中間利息控除につきホフマン方式に依拠して原告の右の間の逸失利益を算定すれば次式のとおり一四一二万〇二二〇円となり、右相当の損害を被つた。
300万円×0.2×23.5337=1412万0220円
(6) 慰藉料 三六九万円
原告は本件事故により多大の精神的苦痛を被つたところ、これを金銭に評価すれば、傷害分として(入院一か月・通院三か月)八四万円、後遺障害分として二八五万円の合計三六九万円を下るものではない。
(7) 弁護士費用 二一八万一三八四円
(8) 以上(1)ないし(7)の総損害額は二三九九万五二二四円に達するところ、原告は本訴において内九八一万七七〇五円(治療費・検査費として三万四九九〇円、診断書代として六〇三〇円、原告車弁償代として三六万円、休業損害として三五五万円、逸失利益として一一七万六六八五円、慰藉料として三六九万円及び弁護士費用として一〇〇万円)を請求する。
4 よつて、原告は被告ら各自に対し、九八一万七七〇五円及び内八八一万七七〇五円に対する本件事故の日である昭和六〇年二月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち被告ら各自が被告車の運行供用者であることは認めるが、損害賠償責任は争う。被告快史には後記のとおり同2(一)に主張のような過失はなく、本件事故は専ら原告の過失によるものである。
3 同3はすべて不知ないし争う。
4 同4の主張は争う。
三 免責の抗弁
被告快史は、本件交差道路から小松通りに右折進入するに際し、一時停止の上右方の安全を確認したところ、五〇メートル以上先に接近してくる原告車ほか一台の自動二輪車の前照燈を視認し、同道路の幅員等から十分安全に右折できると判断し、低速で右折のため進入したところ、意外にも原告車が指定制限速度時速三〇キロメートルをはるかに上回る時速八〇キロメートルくらいの高速度で急接近し、バランスを失して転倒した上被告車に衝突した。このように、被告快史には何らの過失もなく、本件事故は専ら無免許の原告の無謀運転により惹起されたものであり、また、被告車には構造上の欠陥及び機能の障害はないから、被告らは自賠法三条但書により免責されるべきである。
四 免責の抗弁に対する原告の認否
被告快史に過失がなく、本件事故が原告の無謀運転によるものであるとの被告らの主張は否認ないし争う。
第三証拠
証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二1 また、同2(責任原因)の事実のうち被告らが共に被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがないから、自賠法三条に基づき、被告らは本件事故により原告に生じたいわゆる人身損害があるときはこれを連帯して賠償すべき責任があるものというべきところ、被告らは同条但書の免責を主張するので判断する。
前記争いのない事実に成立に争いのない甲六号証、乙四号証の一、二、原本の存在、成立とも争いのない乙一号証(後記措信しない部分を除く)、本件交差点付近の道路状況を撮影した写真であることに争いのない甲八号証の一ないし一二、弁論の全趣旨により成立を認める甲七号証(後記措信しない部分を除く)、乙二、三号証、証人柳沼美春(後記措信しない部分を除く)、同木下英則の各証言、原告(後記措信しない部分を除く)及び被告渡辺快史の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、
(一) 本件交差点は小松通りに本件交差道路ほか二路の道路が流入交差する信号機により交通整理の行われている変形交差点である。小松通りは車道幅員約九メートルで中央線により片側各一車線に区分されている。本件交差道路は幅員約五メートルで小松通り入口手前に一時停止の道路標識があるが、右側角には人家があるために停止線の位置では小松通りの右方の安全確認は困難である。
信号機は、本件交差道路の車両に対し赤色点滅信号機(以下「A信号」という)が、小松通り通行車両用に通常の信号機(小松通りの新小岩寄り横断歩道(以下「本件横断歩道」という)の両側端付近に各一機設置されている。以下合わせて「B信号」という)が設置され、正常に作動していた。右のほか、小松通りについては指定最高速度が時速三〇キロメートルに規制されている。
(二) 被告快史は、本件交差道路から小松通りへ右折進入するに際し、A信号に従つて一たん前記停止線で停止した後、更に小松通り右方からの走行車両の有無を確認できる位置まで前進して再度停止の上右方を見通したところ、少なくとも約五〇メートル以上右方の地点を進行してくる二台の自動二輪車の前照燈を視認したが、小松通りの道路幅(片側車線は約四・五メートル)に照らし、また、B信号が折から赤色を示しており、十分安全に右折できると判断し、低速で右折のため進入した。ところが、被告車の前部が対向車線に進入し、右折を終えようとする直前に至り、意外な高速度で急接近した原告車が転倒滑走して同被告が回避措置をとる間もなく被告車の右側前部フエンダー及び前輪ホイール付近に衝突した。
(三) 原告は、無免許(過去に一度も自動車運転免許を取得したことはなく、また、自動車教習所等で自動二輪車の運転操作の手ほどきを受けたこともない)であるのに、ヘルメツトも着用せず、訴外柳沼美春(以下「美春」という)と夜間のドライブを楽しむべく二台の自動二輪車に分乗して走行中本件事故に遭遇したものである。すなわち、原告は、交通量が閑散としていたことから、制限速度を大幅に上回る少なくとも時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で小松通りを新小岩方面から千葉街道方面に向けて走行し、本件交差点まで約一〇〇メートル前後の地点にある境川橋を渡つたころ本件交差道路から原告車が進入してくるのを視認した(この時点での被告車の進入は、右方確認の段階と思われる)。しかるに原告は、その後の同車の動静に十分な注意を払うことなく漫然と走行を続け、本件横断歩道の間近に至つて、未だ右折を完全には了していない被告車に気付いて狼狽し、慌てて急制動措置を採つたが適切を欠き、後輪の急激なロツク状態を生ぜしめたため右方(対向車線方向)すなわち被告車の進路に向かつて逸走した挙句転倒し、原告車は転倒滑走したまま被告車の右側前部に衝突し、原告自身は投げ出されてころがり、前頭部を被告車の右前部フエンダー付近にぶつけるなどした。なお、路面には本件横断歩道手前から対向車線にかけて約一五メートル前後のスリツプ痕跡が印象されている。
原告は、右衝突直後自力で立ち上り、走つて美春の自動二輪車後部に同乗し(同人は何ら支障なく停止している)、その場を立ち去つており、いわば加害者だけが事故現場に取り残された状態となつた。
以上の事実が認められ、甲八号証及び乙一号証中右認定に反する被告車の停止位置ないし原告車との衝突位置に関する図示部分並びに証人柳沼美春の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれもその余の前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は、既に本件交差道路の手前一〇〇メートル近い地点で、右方確認のため本件交差点に進入した被告車を視認しながら、その時点ころ対面のB信号が青色であつたことからそのまま本件交差点を突つ切ろうとして時速四〇ないし五〇キロメートル以上の速度でその後の同信号の変化及び被告車の動静に満足な注意を払うことなく漫然と進行を続け(当時は二月一六日の午後一〇時過ぎという正に厳寒の時期であり、ヘルメツト等顔面の防風設備を欠いていた原告は、寒さと風圧等のため前方の注視が極めておろそかであつたものと推認される)、本件横断歩道の間近に至つてようやく被告車が本件交差点内を右折進行しているのに気付き、狼狽の余り前記認定のように不適切な運転操作を行つたため、かえつて被告車の進路に向つて逸走することになつた挙句転倒して本件事故発生に至つたものというべきである。本件事故は、原告の無免許、運転技量の未熟を措いても、制限速度を遵守するか、又は普通に前方を注視して運転してさえいれば起こり得なかつた事故といわざるを得ない。
他方、被告快史は一時停止による安全確認を命ずるA信号に従い(同被告が右折に際し従うべき信号はA信号であり、B信号ではない。したがつて、同被告はB信号のいかんにかかわらず、安全を確認して右折進入することが許される)一時停止して小松通りの走行車両等に対する安全を確認して右折進入すべき注意義務を負つていたというべきところ、同被告が本件交差道路出口で一時停止して原告車を視認した時点では少なくとも約五〇メートル以上の距離があり(指定制限速度は時速三〇キロメートル)、かつ、同車が従うべきB信号が赤色を示していたのであるから、被告は十分安全に右折できる状況にあつたものというべきであり、同被告には何ら前記注意義務に違背する過失はなかつたものというべきである。ちなみに、仮に、B信号の点を措いて考察してみても、本件事故は少なくとも原告が極く普通に前方を注視してさえいれば防止し得たものであること、前記原告車と被告車との距離関係、小松通りの幅員(片側四・五メートル)、指定制限速度等に照らすとき(なお、同被告は原告が所定の交通法規範に従つて進行してくるものと信頼して対応すれば足りるのであつて、特段の事情の認められない本件においては運転技量未熟の無免許者が前方不注視のまま指定制限速度を大幅に超過して進行してくることまで予測すべき義務はないものというべきである)同被告にはやはり本件事故発生につき過失として非難さるべき点は見い出し難いものといわざるを得ない。
右のとおり、本件事故は専ら原告の過失によつて惹起されたものであつて、被告快史には過失はなく、また、被告車に本件事故発生に結びつく構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは原告の明らかに争わないところでありこれを自白したものとみなされるから、被告らは本件事故につき自賠法三条但書により免責されるものといわなければならない。
2 また、被告快史に過失のないことは前説示のとおりであるから、同被告に対し民法七〇九条の責任を問う余地もないものというべきである。
三 よつて、その余について判断するまでもなく原告の本訴各請求はいずれも理由のないことが明らかであるから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤村啓)